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顔面先天異常に関する基礎研究

研究の背景

頭蓋顔面先天異常疾患は全先天異常疾患の約1/4を占める非常に頻度の高い疾患です。これまでの研究により、これらの疾患の「原因」である責任遺伝子や催奇形性因子と「結果」である表現型などが解明されてきました。これらの研究成果は病態の把握や発症の予防などに役立てられています。しかし、その「過程」にあたり、先天異常疾患の病態解明に必須であるヒト顔面骨格の胎生期における正常な発達過程というのはよくわかっていないのが現状です。このような顔のかたちができる「過程」を、「Kyoto Collection」という京都大学先天異常標本解析センターに所蔵されている、世界的に有名なヒト胚子、胎児標本群を用いて解析しています。
今まで解明されていなかった原因として①ヒト顔面形態を解析するにはヒト胎児標本を用いる必要ですが、その入手が極めて難しくであるため研究自体が成り立たなかったこと、②研究対象が非常に小さいため今まで詳細な観察は困難であったこと、③複雑に変化する「かたち」を捉えられなかったことなどが挙げられます。先天異常疾患の発症が最も懸念される胚子期後期や胎児期初期では、顔の大きさは5mm程度しかないのですが、この非常に小さな顔の「かたち」に劇的な変化が起こるのです(図1)。①については京都大学先天異常標本解析センターに所蔵されている、ヒト胚子、胎児コレクション「Kyoto Collection」を使用させていただいて研究を行っています。Kyoto Collectionは所蔵標本数世界一を誇り、世界有数のヒト胚子、胎児コレクションの一つです。②については、CT、MRIなどの画像機器の発達により、その問題点はほぼ克服可能な状況になってきました。京都大学先天異常標本解析センターでは標本の大きさに応じて位相差X線CT、μCT、CT、7T–MRI、3T–MRIなどの撮像機器から適切なものを選択し、高精細な画像の取得を進めています(図2)。位相差X線CTでは0.01mm、7T-MRIでは0.03mmという非常に精度の高い画像が得られており、これによって非常に小さな胚子や胎児の顔も詳しく見ることが可能になっています。因みに病院で撮影するCTは最も高性能なものでもスライス厚は0.1mm位です。また、③についてはGeometric morphometricsという形態解析手法を用いることで「かたち」の複雑な変化を数値化(定量化)し、さらに可視化することで具体的な「かたち」の変化を見ることが可能となりました。


鼻中隔の「かたち」の変化

鼻中隔は中顔面の成長において非常に重要な構造物として知られています。胎児期の成長障害はBinder phenotypeというflat noseを主症状とする先天異常につながります。これは妊婦がワーファリンを内服した場合にこの疾患が高確率で生じること、これを妊娠マウスに投与すると胎児マウスの鼻中隔に成長障害を認めることからわかっています。このように産科的な臨床研究やそれに続く基礎研究が行われてきたわけですが、人体発生学の観点からはほとんどわかっていませんでした。そこで、ヒト胎児における鼻中隔の成長の仕方や成長の時期を2次元形態解析を行って同定しました。その結果、妊娠約14週までは鼻中隔の「かたち」が前後方向に急激に変化していることがわかり、この時期がBinder phenotype発現において重要であることが示されました。

中顔面骨格において重要な成長過程の解析

中顔面骨格は頬骨、上顎骨、鼻骨、口蓋骨など様々な骨で構成されており、複雑な「かたち」をしています。また、この成長はそれぞれの骨に内在した成長だけでなく、外部から様々な影響を受けて成り立っています。中顔面骨格の成長において重要な因子として、鼻中隔および蝶形骨周囲結合部を含む成長中心が挙げられます。小児期においてその重要性は認知されてきましたが、ヒト胎児期においてはその関係性はわかっていません。そこで、まずヒトの胎児期における中顔面骨格の3次元解析を行い、その複雑な「かたち」の変化を定量化して正常パターンを把握すること、そしてその成長と成長中心の関係性を解析しました。その結果、中顔面の前方および外側への成長が最も顕著であり(図3)、妊娠13週までの変化が最も激しく、この時期が顔の「かたち」にとって非常に重要であることがわかりました(図4)。また、胎児期にすでに成長中心と強い関係性があることがわかりました。このことから、特にこの時期に成長障害などが起こることで中顔面後退を認めるような疾患が発現することが伺えます。

胎児期における顔面骨格の左右差

また、顔には左右差がありますが、これは形態進化などにも関わっていると考えられています。しかし、通常目にする左右差は生活上のパターン、例えば噛み癖などに影響されていることがほとんどであり、そういう影響が最も省かれる胎児期に左右差が存在するかどうかは今までわかっていませんでした。この研究においてはUniversity of British Columbia, CanadaおよびUniversity of Washington, USAと共同研究を行っており、Geometric morphometricsだけでなくDeformation based analysisという解析手法でも胎児期における左右差を検証しています。その結果、胎児期にすでに左右差が発現していることがわかりました(図5)。

これからも「かたち」を解析することで顔の成り立ちや先天異常疾患の病態生理の解明、さらに診断や治療の発展に貢献していきたいと思います。
当研究は倫理委員会の承認(R0316号、R0347号、R0989号)を得て行なっています。

参考文献

  • Katsube, M., S. M. Rolfe, S. R. Bortolussi, Y. Yamaguchi, J. M. Richman, S. Yamada and S. R. Vora (2019). “Analysis of facial skeletal asymmetry during fetal development using microCT imaging.” Orthodontics & craniofacial research 22(S1): 199-206.
  • Katsube, M., S. Yamada, R. Miyazaki, Y. Yamaguchi, H. Makishima, T. Takakuwa, A. Yamamoto, Y. Fujii, N. Morimoto, T. Ito, H. Imai and S. Suzuki (2017). “Quantitation of nasal development in the early prenatal period using geometric morphometrics and MRI: a new insight into the critical period of Binder phenotype.” Prenatal Diagnosis 37(9): 907-915.
  • Katsube, M., S. Yamada, Y. Yamaguchi, T. Takakuwa, A. Yamamoto, H. Imai, A. Saito, A. Shimizu and S. Suzuki (in press). “Critical Growth Processes for the Pathogenesis of Congenital Midfacial Hypoplasia.” The Cleft Palate–Craniofacial Journal 2019 Feb [Epub ahead of print]

文責:京都大学医学研究科 形成外科
勝部元紀