
顔面神経麻痺
顔面神経とは
顔面の表情を作る筋肉(顔面表情筋)を支配する神経を「顔面神経」と呼びます。これは運動神経であり、脳から直接末梢の筋肉へ至る神経です。顔面神経は表情筋の運動だけでなく、涙の分泌、味覚、鼻汁の分泌、一部の唾液腺の分泌、鼓膜の動きなどにも関与しています。
この神経が障害されると「顔面神経麻痺」が生じ、表情がうまく作れなくなるだけでなく、瞼の開閉や摂食機能にも障害が現れます。
顔面神経麻痺の原因
顔面神経麻痺の原因は多岐にわたります。主な原因として以下が挙げられます:
• 先天性のもの
• ウイルス感染(ベル麻痺、ハント症候群など)
• 神経疾患
• 外傷(顔面軟部組織損傷、側頭骨骨折など)
• 脳卒中
• 外科手術(頭蓋内腫瘍摘出術、耳下腺悪性腫瘍摘出術など)による神経損傷・切断
初期治療と形成外科の役割
ウイルス感染などによる顔面神経麻痺の初期治療は、主に耳鼻咽喉科、脳神経外科、神経内科で行われます。麻痺の回復が不十分な場合や回復が期待できない場合、後遺症が残る場合には、形成外科が治療を担当します。
顔面神経麻痺の治療
1. 完全麻痺
完全麻痺や重度の麻痺で自然回復が期待できない場合には、表情筋の運動機能を回復させるための手術を行います。これらの手術は、表情筋を動かせるようになるまでに半年程度の時間を要します。
• 神経縫合術
外科手術や外傷で切断された神経を再縫合できる場合、最も良好な回復が期待されます。
• 神経移植術
神経が短くなり再縫合できない場合は、腓腹神経(下腿の感覚神経)などを用いて神経移植を行います。採取部位には感覚麻痺が残りますが、日常生活に支障のない部位を選びます。
• 神経移行術
顔面神経が根本から切断されている場合には、舌下神経など他の運動神経を用いて表情筋の機能を回復させます。通常、麻痺から1年以内の手術が望ましいですが、1年以上経過していても適応となる場合があります。
• 筋肉移植術
さらに、反対側と同調した笑顔の獲得を希望される場合には、筋肉移植術を追加で行います。主に大腿部からの薄筋移植を行っています。背部から広背筋を採取する場合もあります。まず、反対側の顔面神経から患側まで神経移植(交差神経移植)を行います(上述の神経移行術と同時に行うことができます)。その後、半年〜1年後に筋肉移植を行い、交差神経に薄筋の運動神経を縫合します。この手術は、麻痺から長期間経過したあとでも行うことができます。
2. 不全麻痺
麻痺がある程度回復しても後遺症が残る場合があり、状態に応じて手術やボトックス治療を行っています。
• 眉毛つり上げ術
前頭筋の麻痺により眉毛が健側より下がるため、眉毛上の皮膚を切除し、骨膜などに固定して眉毛の下垂を修正します。ただし、健側のように眉毛は動かないため、表情によって左右差が生じます。
• 頬部つり上げ術
頬部の下垂には、大腿筋膜を採取して皮下に移植し、頬骨弓、鼻唇溝、口唇をつり上げます。口角は動かないため、表情によって左右差が生じます。
• 眼瞼の修正
・上眼瞼:眉毛下垂による皮膚の余剰を切除します。
・下眼瞼:頬部の下垂により下がるため、靭帯を頭側につり上げます。耳介軟骨や大腿筋膜の移植が必要になることもあります。
・兎眼(まぶたが閉じられない状態):下眼瞼のつり上げと、必要に応じて上眼瞼を下げる処置を行います。
・病的共同運動(口を動かすと瞼が閉じる):ボトックス治療や眼輪筋の部分切除術を行います。
• その他の治療
ボトックスは筋肉を一時的に麻痺させる薬で、効果は約3ヶ月持続します。軽度の麻痺では、神経の異常信号により筋肉が収縮し、こわばりや意図しない運動が起こることがあります。以下のような場合に適応となります:
・眼瞼の病的共同運動
・拘縮による鼻唇溝の深いシワや頬部のこわばり
・口唇周囲の筋肉の動きのバランスが悪い場合
ボトックスを希望されない場合には、拘縮した筋肉の切除手術を行うことも可能です。また、笑顔時に口角が挙上できない場合には、前述の筋肉移植術を検討します。