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同種培養表皮の開発

1.広範囲熱傷について

広範囲熱傷は、全身管理や局所治療などの治療法の発展に伴ってその救命率は向上してきてはいるものの、重篤な症例では今だに死亡率が高い損傷です。特に、非常に広範囲の熱傷になると、植皮術を行うために採皮をする正常皮膚が足りず治療が難しくなることがあります。

2.熱傷に使用されている自家培養表皮について

1975年にヒト表皮細胞の大量培養法が発見され、その後広範囲熱傷患者の治療として用いられその有効性が報告されました。採皮部が足りなくて困るような広範囲熱傷に対する画期的な治療法として、大きな期待が寄せられました。 日本においても自家培養表皮の研究が進められ、2009年にはJ-TEC社の自家培養表皮「ジェイス」が登場し、広範囲熱傷の治療に使われるようになりこれまでに600例以上の症例に用いられています。(熱傷のページへリンク)ジェイスを用いることで熱傷患者の救命率を改善できることが示され、熱傷の新しい治療法として急速に広がりつつありますが、ジェイスにはいくつかの問題点があります。その中でも、熱傷により皮膚がなくなった部分に単独で移植してもなかなか生着しないことと、自家細胞(患者さん自身の細胞)を用いて製造するためその製造に約3週間かかり、広範囲熱傷の急性期に使用できないことが大きな問題点です。

3.メッシュ植皮との併用療法について

自家メッシュ植皮と自家培養表皮との併用療法は、Soodらによって報告され、デブリードマンを行った創部に高倍率(通常は6倍程度)に拡大した自家メッシュ植皮を行い、その上に自家培養表皮を重ねて移植します。この併用法を行うと創の速やかな上皮化が得られるため、自家培養表皮単独使用における生着率の低さに悩んでいた熱傷治療医の間に急速に広まり、現在では多くの施設がこの使用法を行っています。しかし、この併用療法においては「植皮術を行うための採皮を行わずに創閉鎖が得られる」という自家培養表皮の利点を失っており、またこの治療効果は、培養表皮由来の表皮細胞の生着のみではなく、メッシュ植皮からの治癒促進を期待するものです。 このため私たちの研究グループは、「高倍率自家メッシュ植皮との併用療法を行うのであれば、「同種」培養表皮でも「自家」培養表皮に近い効果が得られるのではないか」と考えました。「同種」移植とは、患者さんとは異なる提供者(ドナー)から採取した細胞を移植することです。

4.同種培養表皮について

同種培養表皮の臨床的な有効性については古くから報告されており、分層採皮創やII度熱傷創、難治性潰瘍に用いると創治癒を早めることが報告されています。移植された同種培養表皮は免疫力のため生着しませんが、一時的に創を被覆し、成長因子などのさまざまな生理活性物質を分泌することにより、創の治癒を早めます。同種培養表皮は自家培養表皮と異なり、あらかじめ作製しておくことで、熱傷患者に対してすぐに使用することができます。このため、熱傷の患者さまが病院に搬送されてから、自家培養表皮による治療を開始できるようになるまでの3週間の間に、同種培養表皮を用いた治療を行うことで、重症熱傷の創治癒を早めることができます。韓国では同種培養表皮が熱傷診療にすでに用いられており、日本の熱傷診療を行っている医師からは、同種培養表皮の製品化が待ち望まれています。

5.同種培養表皮の開発

そこで、京都大学形成外科の私たちの研究グループでは、自家培養表皮ジェイスの製造販売企業であるJ-TEC社と共同研究を行い、同種培養表皮の開発に着手しました。

・原料となる細胞ソースの確保

同種培養表皮を製造するには、原料となる表皮細胞を確保する必要があります。他人の細胞を移植するため、感染症の危険性などについて十分に検査し安全性を保つことが極めて重要です。このため、原料細胞の入手時に満たすべき条件について医薬品医療機器総合機構(PMDA)と協議を重ね、生物由来原料基準およびヒト(同種)体性幹細胞加工医薬品等の品質及び安全性の確保に関する指針に則った検査スキームを作成しました。この検査スキームに従い、京都大学医の倫理委員会の承認のもと京都大学医学部附属病院形成外科で余剰皮膚が出る手術を受ける患者さまから皮膚組織を提供して頂き、手術前の問診・血液検査に加え、ウインドウピリオドを勘案したおよそ3~6ヶ月後の血液検査を行い、安全性確保の観点から適合とされたドナーから表皮細胞を単離・培養して細胞ストックを作製しました。このようにしてこれまでに10ドナーからの細胞ストックを作製し、その中から細胞増殖能・コロニー形成能などが良好である細胞を選択し、これを用いて同種培養表皮の原料細胞を準備しました。

・同種培養表皮の製造

同種培養表皮は、自家培養表皮ジェイスとまったく同じ工程で製造されます。愛知県蒲郡市にあるJ-TEC本社の、厳密な無菌管理を行っている細胞培養施設(CPC)で細胞を培養しシート状にします。このようにして作製した培養表皮が、動物創傷モデルにおいて治癒を促進することを確認しました。

・臨床研究について

この同種培養表皮の安全性・有効性を確認するために、京都大学にて臨床研究を実施中です。

この同種培養表皮が製品化されれば、広範囲熱傷の患者さんの急性期治療において、自家培養表皮の完成までの間にこの同種培養表皮を用いることで、創の治癒を早めることができます。具体的には、II度熱傷創や分層採皮創にはそのまま貼付することで、創面に残存する皮膚付属器からの上皮化を早めることができますし、III度熱傷創や皮膚全層欠損創に対しては、高倍率に拡大したメッシュ植皮などと併用することで、植皮片からの創治癒を促すことができます。自家植皮のための採皮の必要量が減少することは、重症熱傷の全身管理に大きな利点をもたらし、創閉鎖の早期化とともに救命率を改善すると期待されます。創治癒を早めることは、瘢痕拘縮を減少させ機能的予後を改善するとともに、入院期間の短縮、治療費の減少にもつながると考えます。 また、この同種培養表皮は糖尿病性足潰瘍などの難治性潰瘍にも有効だと考えられ、将来的には適応拡大することによって多くの疾患の治療に役立つ可能性があります。

本研究についてのお問い合わせは、下記までご連絡下さい。

京都大学大学院医学研究科 形成外科学 講師 坂本道治

 

【参考文献】

  1. Rheinwald JG, Green H. Serial cultivation of strains of human epidermal keratinocytes: the formation of keratinizing colonies from single cells. Cell. 1975;6:331–343.
  2. Matsumura H, Matsushima A, Ueyama M, et al. Application of the cultured epidermal autograft “JACE®” for treatment of severe burns: Results of a 6-year multicenter surveillance in Japan. Burns. 2016;42:769–76.
  3. Hefton JM, Madden MR, Finkelstein JL, et al. Grafting of burn patients with allografts of cultured epidermal cells. Lancet. 1983;2:428–430.
  4. KatzAB, Taichman LB. Epidermis as a secretory tissue: an in vitro tissue model to study keratinocyte secretion. J Invest Dermatol. 1994;102:55–60.
  5. Sakamoto M, Morimoto N, Inoie M, et al. Cultured Human Epidermis Combined With Meshed Skin Autografts Accelerates Epithelialization and Granulation Tissue Formation in a Rat Model. Ann Plast Surg. 2017;78(6):651-658.
  6. Sakamoto M, Ogino S, Shimizu Y, et al. Human cultured epidermis accelerates wound healing regardless of its viability in a diabetic mouse model. PLoS One. 2020 Aug 21;15(8):e0237985.